予想外の展開から始まる夜
到着は夕方ごろになった。
幼少期から故郷までの夜行高速バス等に乗っていたことから、長距離の乗車には慣れているつもりだった。
しかし、でこぼこ道を揺られ、見慣れない風景の中で緊張を抱えたままの数時間は、思った以上に疲労を蓄積させていた。
他の乗客と会話をしながらの道中だったが、慣れない空気と旅の緊張感が相まって、体力を消耗していたのかもしれない。
そんなわけで、今晩の宿泊先は少し贅沢をして日本人旅行者にも人気という、小綺麗なホテルのドミトリーにすることにした。
疲れた体を引きずりながら”英語で”チェックインを済ませ、荷物をドミトリーに置いてロビーに進む。
そこには、日本人旅行客が数人集まっており、思い思いに過ごしている姿があった。
お酒を飲んでいる人もいれば、地図を広げて次の目的地を話し合っている人もいる。
この雰囲気、最高に好きだ。
そして何より、言葉が通じるというのは、何とも言えない安心感を与えてくれる。
日本人旅行者たちとの交流
日本人旅行者たちの中には、「沈没者」と呼ばれるカンボジアに1か月以上滞在している人々や、複数回目などの老若男女の猛者が揃っていた。
この旅行をしなければ交わることのなかったであろう面々。すばらしい。
加えて、こういった人々の話は大体面白い。
世界一周中の旅行者からは、旅の予算や訪れた観光地の中でも特に印象深いマウントエピソードを聞くことができ、他の旅行者からはアンコールワットでのおすすめ写真スポットなどを教えてもらった。
彼らがスマホに保存した絶景の写真を見せてくれると、明日の観光への期待感が高まる。
特に、沈没者と呼ばれる人々の話には独特の深みがあった。
時間に縛られない旅を続けてきた彼らのエピソードは、自由と孤独の狭間を感じさせるもので興味深かった。
こうした旅人たちの話を聞いていると、自分もいつか世界一周してみたいという気持ちがより一層、芽生える。
不意打ちの訪問者
話に花が咲く中でビールが進む。
時刻は18時頃。寝るには早すぎる時間帯だが、他に予定もない。
どうしようかと考え、一度ドミトリーに戻ることにした。
今晩お世話になる部屋は、薄暗いドミトリーで、二段ベッドが10台ほど並び、最大20人まで宿泊できる仕様だ。柔道部の合宿所を彷彿とさせる。
他の2段ベッドを確認してみたが、どうやら宿泊者は私以外にはいないらしい。つまり貸切状態。
しかし嬉しい反面、この広い部屋で一人という状況には少し不安も感じる。
夜になれば何かが起きそうな予感さえする。
そんな感情に包まれていると、静かにドミトリー唯一の入り口が開いた。
ロビーには他の旅仲間がいるとはいえ、誰が来たのだろうかと色々な考えが頭をよぎる。
「新しい宿泊者だろうか…?」
「ベッド間違えたか…?」
「日本語は話せるか…?」
「英語圏でめっちゃ捲し立てられたら…?」
「俺より強い生き物だったらどうしよう?」
わずか数秒間でさまざまな想像を巡らせ、恐る恐る入口に目を向けると、そこには予想外の存在がいた。
逆光で見えづらいが、小柄な人物が立っている。ドレスの裾のようなものが揺れていることから女性かと思う。
が、よくよく見るとちょび髭が生えている。
小柄なオジサンだろうか? しかし、そのオジサンがドレスを着ているとなると、ますます分からない。
状況を飲み込めずにいると、その人物の後ろからフロントスタッフらしき人がヒョコっと現れた。
そして、つぶやくように
「…マッサージ…マッサージ…?」とだけ繰り返している。
…なるほど。
…なるほど。
…なるほど。。
すべてを察した私は、やや怯えてしまった自分への悔しさも込めて
「ざけん…No Thank You!!!」と大声で叫び、直ちに追い返した。
怒りは伝わったようで、ドレス姿の彼(?)とスタッフは足早に立ち去っていった。
敵意はないにしても、どこか悪意のようなものは感じた。
日本人に人気な宿なんだよなぁ・・・。ってかドミトリーだぞ。。。アブノーマルが過ぎる。
期待はしていないが、これも旅の一部だと自分に言い聞かせた。
パブストリートで仕切り直し
気を取り直しロビーに戻ると、先ほどまでいた人たちの数が少し減っていた。
しかし残ったメンバーで「パブストリート」と呼ばれるシュムリアップ最大の飲み屋街に行こうという話になった。もちろん私も同行することに。
ロビーに戻った瞬間の居心地の良さに、ドミトリーには今夜あまり戻りたくないと改めて思った。
シュムリアップの夜は、これまでとは違う楽しみ方が待っていそうだ。
旅先での予期せぬ出来事を振り返りながら、新たな夜の冒険に胸を躍らせる。
この街の魅力は、まだまだこれからだ。